「ガールズトーク書き初め」を久々に開催したらすごく楽しかったというだけの話

ガールズトーク書き初め。それは、女友達同士で集まって、15分おきにアラームを鳴らし、アラームが鳴ったタイミングで、発言していた人が発言したことを毛筆で書く、問題提起型のイベントである。嘘。ただの遊びです。

<書初めのシーズンを過ぎているので全紙がスーパーに売っていなかった。半紙は文字数が多いと大変である。>

この遊びの企画が始まったのは6年前。かつては、書き初めなので年始行事として実施していたのだが、わたしが出産し、まだこどもが小さいなかで年始になかなか時間を作れなくなってしまったこともあり、前回の開催から5年とだいぶ間があいてしまった。だがついこのあいだ、トーク時にマスクを装着しながらではあったが、メンバーも変わらず、ひさしぶりに開催することができたのである。やあ。楽しかったね。

<昨年結婚したマクモ氏の新居にて。新居荒らしである。(写真を撮ってくれたのはマクモ氏の夫。ありがとうございます)>

先の大統領ドナルド・トランプが、自らが発したあらゆる暴言や猥談を「Locker-room talk(ロッカールームトーク)」と言って済ませていたのは記憶に新しい。(まあ済んでいないのですが)まず最初に断っておきたいのは、我々のおしゃべりは、彼または彼らの言うロッカールームトークのような、そんな下品なものではない。もちろんおよそ品行方正と言えるものではないのだが、そこに一切の虚構はなく、極めて現実的で、弱者を貶めるようなこともない。むしろ、内容によっては、自分たちが傷つく。そんなトークだ。まるで翼の折れたエンジェルたちのトーク。みんな跳べないのである。

そしてなにより、このトークは書道という形で、強い表現力を持つ。自らが発言したことを、自ら筆をとって書く、ということの重み。ある種宗教思想的だし、経典を書き写す写経なんかに近い部分がある気がするが、精神統一とはほど遠く、むしろ邪気や邪念的なものを呼び寄せる行為にすら思える。某オンラインサロンでもメンバーを集めてやればいいんじゃないかな。いや、ぜひやってほしい。

<真美ちゃんの「これも丁寧な暮らしに入るんだ」は、名言であった>

ひさしぶりのガールズトーク書き初めは、5年前に開催されたそれより、それぞれが持ち寄る話題が少し変わってきた印象があった。その点では、書道という方法で会話を可視化し、毎年残すという行為はとても指標的であるなと思う。そしてなにより歳を重ねても楽しめる遊びであったことには、とても驚かされた。とにかくただただ楽しい。だんだん筆をとるのがめんどくさくなるのも含めて。

5年前と変わらず集まるわたしたちは、少しずつ変わっていて、しかし変わらずおもしろがっている。こんなことに気が付ける遊びは、ほかにないのではないか。ずらりとあらゆる文言が書かれた仰々しい半紙と、それを包み込むようにほのかに香る墨の匂いを感じながら、今までの自分たちと、これからの自分たちとに、それぞれ思いを馳せていた。