突然だがみなさんは「ピンチョス」という食べ物をご存知だろうか。
(こんなの。セレブっぽくてみてて緊張する)
ああ、これね、と思った人もいるだろう。おしゃれな立食パーティーとか、おしゃれなウエディングパーティーとか、とにかくなにかしらのおしゃれなパーティーでよく見かけるやつだ。
つまようじや串であらゆる具材を刺し、食べやすいようにしてあるのが特徴で、まあまず家庭では見ない料理だとおもう。「お母さんこれ作って」なんて頼んだら、お母さんが機嫌を悪くするくらいには、まあまあおしゃれで非日常的な食べ物である。
で、急に話は変わるのだが、わたしはおもちゃの会社で企画開発の仕事をしている。新しいおもちゃを考え、商品化する仕事だ。
なので仕事柄、いろいろなおもちゃ(大人のではない。こどもの。)に触れる機会があるのだが、最近「知育玩具」についていろいろ調べていた。知育玩具とは、幼児や児童の知能的発達を促進するためにつくられた玩具のことだ。代表的なのはLEGOとかで、まあパズルとかも含めてあんなの全般を指すんだけど、調べていく中でみつけた知育玩具に、とある重大な秘密があることに気がついてしまったのである。
(調べていて興奮したのでうっかり取り寄せてしまった知育玩具がこれ。7,600円。)
……おや?
もしかしたら、勘のいい人は気づいてしまったのではないだろうか。
わたしのいいたいこと。
そう、この知育玩具、ピンチョスに似てるのである。
(ほら、ピンチョスだ!)
これはなんたる発見だろうか。積み重ねてから刺すか、上から刺していくか、という微妙な性質の違いはあるが、これ以上の驚きはない。これはなんたる未知の遭遇であろうか。
このような大発見をしてしまった以上、わたしは責任を持ってこの知育玩具とピンチョスを結びつけた遊びを考えなくてはならない。いや、べつに誰もそんなこと求めていないんだけど。でもやはり、おもちゃの会社で働く身として、それは絶対にやらなくてはならないのである。
と、いうことで、ピンチョスで知育する「知育玩具ピンチョス会」を急遽開催することにした。
(メンバーはいつもの3人。「動物嫌いやねん」のまみちゃんと魚卵のマクモさん。)
ピンチョスをするにはまずカタチから入らねばならない。ピンチョスはおしゃれな食べ物なので、それにあったおしゃれな格好をするべきである。なので今日はみんなちょっとおしゃれな格好をしてきてね、と伝えた。
(わたし的「ピンチョスを食べるに然るべき格好」)
この格好がおしゃれかどうかということは置いておいて、キマっている。ちなみに清澄白河駅のB1出口前だ。光がいい感じである。
(自分ではキメたつもりだったのだが、あとでこの写真とほぼ同じ格好だということに言われて気がついた。恥ずかしい。)
さて、格好がキマったら次は買い出しだ。
ピンチョスをするための食材は、知育玩具のようカラフルでなくてはならない。わたしが買った知育玩具のカラーリングを元に、食べ合わせなども考えながら慎重に食材を探す。
(ふだん絶対買わないものがそろいます)
選ばれた知育食材がこれらだ。
(わ〜!おっしゃれ〜!)
超おしゃれだ。この色並びだけでもだいぶハッピーになるし、刺激的である。毎日こんなカラフルな食卓だったら、きっとこどもの感性も研ぎ澄まされていくに違いない。
ちなみに食材は下記の通り。
(赤:トマト、いちご、梅干し)
(橙:オレンジ、サーモン、よっちゃんイカ)
(黄:卵焼き、かぼちゃ、パイナップル)
(緑:キウイ、アボカド、ズッキーニ)
(紫:レッドオニオン、ブルーベリー、ホタルイカ)
(青は白で代用:クリームチーズ、マッシュルーム、餅)
よっちゃんイカがやや異端児感を否めないが、まあとりあえずやってみるに越したことはない。
まず簡単にルールを説明しよう。
(実際の知育玩具のルールにのっとってピンチョスする)
この写真の「木の板」の指示に沿って、色に合わせた食材をピンチョスしていく。板はいくつも種類があるので、食材の組み合わせも無限にあるのだ。
なんてこったい、これはけっこう頭を使うぞ。
(無限の可能性たち)
(この木の部分はバゲットで。フランスパンじゃないわ。バゲットとお呼び。)
準備も整ったことなので、さっそく知育ピンチョスに取り掛かろう。
まずはまみちゃんから。引き当てた木の板はこれだ。
(赤と黄色と紫しかない!)
なんと! この限られた色合いの中で、彼女はどんな食材を選択するのか。
もうすでに、私たちの知育は始まっているのである。
(「ホ、ホタルイカからいくかなあ…」と弱腰のまみちゃん)
(すげえ刺しにくい。ピンチョスってこんなに手が汚れるのか)
最初はつまようじでチョしていたのだが(刺していたのだが)、どう考えてもつまようじの長さに食材が入りきらないので途中で竹串に変更。
ううむ、それにしても刺しにくい。おかげでどんどん手が汚れていく。あれ? ピンチョスっておしゃれで食べやすい食べ物じゃなかったっけ?
自分たちのピンチョスにそんな不信感を感じつつ、ひとつめの知育ピンチョスが、いまここに完成した。
(うおー! これぞ求めていた知育ピンチョスだ! )
うお、うおおおおおおおおお!
これぞわたしが求めていた、ピンチョスと知育玩具の共存である。すばらしい絵面だ。
ちなみに食材は上から梅干し→卵焼き→ブルーベリー→トマト→かぼちゃ→ホタルイカ。こうやって書き連ねると、ちょっと心配な組み合わせだ。
ていうか問題は味なのである。知育ピンチョスは見た目以上に「食べ合わせ」というものを考えるのがもっとも重要なのだ。そこにいちばん頭を使う。さあ、気になる味はいかに…。
(「あー……うん。なくは、ないかな」とまみちゃん)
なくは、ない。
おそらくそれは、「あまりおいしくない」ということだ。食べれなくはないが、おいしくはない。
食材と食材が、奇跡のハーモニーを奏でなかった。つまり、まみちゃんの知育ピンチョスは、こんな言い方をしたくはないが、やや失敗していたのである。
しかし、失敗は成功のもとだ。失敗があってこその知育、失敗があってこそのピンチョスなのである。
(「がんばるぞお〜」と張り切るマクモさん)
まみちゃんのやや失敗した知育ピンチョスをよそに、マクモさんは張り切っていた。「わたしがまみちゃんの失敗を生かしてみせる」と言わんばかりに、わくわくしながらパーツを組み立て、ピンチョスを作り出していく。
(上からマッシュルーム→トマト→ズッキーニ→よっちゃんイカ→レッドオニオン→卵)
おお、なるほど。よっちゃんイカ以外は悪くなさそうな組み合わせだ。だが、実際に食べてみると、まったく予期しないところでマクモさんは重大なミスを犯していたのである。
(「たまねぎ、カラい」と言ってこのあと盛大にむせる。)
刺したレッドオニオンの量が多すぎたのだ。 おしゃれなサラダに入ってるレッドオニオンだから、大量に食べてもカラくないと高をくくっていたのである。このあとしばらく彼女は涙目だった。というか、何を食べてもたまねぎの味しかしなくなった。これは痛恨のミスである。
おっと、そんなこんなでわたしの出番が回ってきたぞ。
(上からクリームチーズ→卵→梅干→アボカド→いちご→パイナップル→餅)
真ん中の組み合わせがやや心配なピンチョスが完成した。
そして、その心配は的中した。
梅干とアボカドの組み合わせの悪さが、飛び抜けて秀逸だったのである。
マクモさんとは違う意味でむせた。びっくりした。
(なんかもう、ふつうにピンチョスしない?という声)
疲労だ。疲労感しかない。
知育ってこんなに疲れるのか。いやこれはピンチョスに疲れてるのか。どっちだ。
いや、どちらにせよ頭を使うというのは、すごくエネルギーを使う。この知育ピンチョスは、頭を使うわりにカロリーが摂取できないという難点があるのではないだろうか。
(結局ふつうのピンチョス会がはじまった。安心して食べれるぞ)
むしろ、知育というのはピンチョスに限らないと思う。どのような組み合わせでどのようにおいしくできるのか、どのようにおいしくみせるのか、というのは、料理全般に言えることだ。おいしい料理は、こどもの健やかな成長を促す。知育っていうか、食育か。それは。
とどのつまり、この「知育玩具ピンチョス会」は、知育でもピンチョスでもなんでもない、悲しいので言いたくないが、言ってしまえばただの徒労だったのである。
(まあこの美しい色合いが見れたのはなかなかよかったけれどね)
徒労とは言ったが、それでも「ピンチョスと知育玩具は共存し合わない」ということはよくわかった。(最初からわかってた気もするけど。)「食べ物で遊ぶな」というのは、つまりこういうことなのかもしれない。おいしくないものができたら、悲しいもんな。
知育ピンチョスはちょっとアレな味だったが、あまった食材はすべてふつうにピンチョスして完食したので安心してほしい。
あと家でピンチョスはするものじゃないと思う。散らかる。これは間違いなく今後の人生の教訓になるだろう。ピンチョスは作るより提供されるものだ。
(果物だけだと有楽町駅前の果物屋で売ってるやつになる。もうピンチョスがわからなくなってきた。ピンチョスこわい。)